瀬戸臨海実験所公式ブログ ‐ 地球の海と生命を科学する人々の日常。

Apr 3, 2013

太田さん最後の出勤日

実習まっただ中の3月27日午後3時過ぎ、実験所事務室に教員・職員・学生がわらわらと集まってきました。

そう。今日は水族館の技術職員として長年瀬戸臨海実験所を陰から支え続けてきた太田満さんの、最後の出勤日です。

まず朝倉所長から、太田さんの実験所への長年の貢献に対する感謝の言葉がありました。

続いて、教員の中で最も太田さんとの付き合いが長い大和さんからお礼の言葉が。

そして全所員からの感謝の花束贈呈です(渡し手は事務職員の笠松さん)。

実はこの花束には、太田さんの車の鍵が付いています。太田さんはこの手のセレモニーが苦手で、勤務時間が終わったらこっそり退所しようと目論んでいたのですが、そんなこと他の職員はとっくにお見通し。こっそり車の鍵を取り上げ、花束を受け取らないと帰れないようにしていたのでした。

太田さんが、この瀬戸臨海実験所に勤務を始めたのは1966年の事です。2008年3月に定年を迎えましたが、その後再雇用で4年間、再々雇用で1年間勤めていただきました。つまり通算47年にわたって、水族館の展示生物の飼育や設備の維持・管理に手腕を揮っていただいた事になります。特に再雇用・再々雇用期間では、加藤さん・原田さん・山内さんという水族館の次代を担う若い技術職員達に、持てる技術やノウハウを精一杯伝授していただきました。


 さてここで秘蔵写真を…。

1972年の実験所創立50周年の時の写真です。後段左端が若き日の太田さん。同じくこの3月で再雇用期間が終了し、退職を迎えられる船舶担当の山本善万さんが、前段中央にいらっしゃいます。

これは1976年頃の写真。前段には左から原田英司先生、時岡隆先生が並ばれています。
後段一番左が太田さん。そういえばこの頃、具志堅用高が連勝街道を走っていたことを思い出しました。
太田さんの右が樫山さん。退職して10年になりますが、今も町のあちこちで姿を見かけます。奥さんが今も「京大白浜海の家」の管理人をされています。一人置いて、山本善万さん。更にその右隣は、現東邦大学教授の西川輝昭先生です。


そして現在。さすがの風格です。


私(宮崎)が瀬戸臨海に着任した頃、太田さんはまだ実験所構内の職員宿舎にお住まいでした。初めての土地で右も左もわからない中、何かとお世話いただいて本当に有り難かったです。家族ぐるみでお付き合いいただき、特に娘達は大変可愛がってもらいました。今住んでいる家はお互い近いので、時々は遊びに行き、またいろいろな話を聞かせてもらう事にします。

太田さん。長い間本当にお疲れ様でした。そしてこれからも水族館・実験所のことを気にかけていただき、折に触れアドバイスいただければと思います。


ちなみに太田さんの末娘は、阪神甲子園球場のウグイス嬢をしています。皆さん知らず知らずのうちに、その声を聞いているはずです。

posted by KM